伝統風水と日本家相の違い~起源は風水にある~

こんにちは!

大阪・京都の伝統風水師 小林蔵道です。

今日は『伝統風水と日本の家相の違い』をお話しますね。

方位盤から、鬼門に対する概念、陰陽五行に対する考えから、全然違うので、何が違うの?と聞かれると『すべてが違うよ』って答えになるのですが、それでは答えになりませんので、ちゃんと説明していきますね。

風水師が、家相の事をわかるのか?と言われそうですが、私自身も『伝統風水』を勉強すると決めるまでに、皆さんと同じように『家相と風水は何が違うのか?』『どちらが正しいのか?』という疑問がある状態からスタートしていますので、最初の段階で、メチャクチャ調べましたので、その当時の記憶をお話しようと思います。

私の風水との出会い

私が風水と出会ったのは15年ほど前。

占い系全般が大嫌いだったので、風水や家相というもののそれらの類の一つと考えていました。

当然、正しい知識なんてある訳がありません。

ではなぜ、『風水』や『家相』に興味を持ったのか…という事ですが、十代の時から不動産建築関係の仕事ばかりしていたので、競売物件や事故物件、離婚で手放される土地建物、何屋が入っても潰れるテナント…を扱う事が多かったんです。

何となく、こういう物件って同じような雰囲気を持っているな~ぐらいの感覚だったんですけど、自分自身に不幸が降りかかって来た時に、藁にもすがる思いで勉強を始めたのが切欠なんです。

さぁ、いざ勉強する!って言っても、何から初めて良いのかわからない…。

風水と家相の違いがある事もわからない…本屋に行ってもよくわからないので、当時一番売れていた本を買ってきました。

ドクター〇〇さんの本でした。

そこから深く掘っていくと『風水』と『家相』という二つは、全く別のものだという事を知って行くんですよね。

当時の僕は、余計にパニックです。

という事で、ドクター〇〇さんの本の中で、最も興味を持ったのが、3000年前から続く技法であるという事。

訳もわからずに、とりあえず風水と家相の歴史を探っていく事にしました。

興味は持ったものの、元が占い嫌いですから、絶対に騙されたく無かったんですよね。

伝統風水と日本家相の歴史的な違い

歴史を遡っていくと、家相の歴史は紀元600年、そして家相の原点に風水がある事を知りました。

ちなみに、家相の原点である風水の歴史は紀元前600年頃と言われています。

これは、『古いから正しい』という事を言っている訳ではありません。

事実として、家相よりも、風水の方が古く、家相の原点となるものが伝統風水だったというだけの話です。

ただ、私自身が最も衝撃を受けたのが、中国から日本に伝わる時に、正しく伝えられなかった!という事。

日本と中国は、隣国同士ですので、当時から交流がありました。
歴史の教科書で習う『遣唐使』の時代ですよね。

隣国同士ですので、表面上は仲良く見せたりもするのですが、やはり真実の部分は見せない。
それは、中国だけがそうなのでは無く、日本も同じように、中国に日本の全てを見せなかったのです。

つまり、中国から伝わった風水は、間違った内容を含むという事です。
(故意的かも知れませんし、単なる間違いかも知れません)

近江京➡平城京➡長岡京➡平安京

と遷都しているのですが、平城京から風水的要素が強くなったと感じますが、完全に間違った風水で、実際にその間違った考えが、現代の日本の風水学の中でも、根強く残っています。

では、なぜ間違った内容の風水を、私が学ぶ事が出来ているのか?
答えは文化大革命にあります。

文化大革命の時に、有力な風水師が、世界に亡命した事で、風水知識も一緒に世界に広がったという事です。

もう一つ、日本に間違った形で風水が広まった理由。

日本の観相家が、風水古典を間違った解釈で、世に広めてしまった…という事もあるでしょう。

マーケティングから見た風水と家相

マーケティングという部分でいうと、風水師よりも家相家の方が優れていた…という事になります。

世の中に広まる時に、大切な事は『簡単で』『目に見えやすい』『儲かる』という事が挙げれます。

広まる工夫をした家相

ダイエットでも、健康法でも、簡単であればあるほどに、世の中に広がりやすいですよね。

例えば…二十四方位あるものを、八方位にするだけで、すごく単純なものになります。

たった八種類の家に分類するのですから、伝える方も簡単ですよね。

ところが、伝統風水の場合、二十四方位に対して、九つの運が存在しますので、216種の建物になります。

それだけでは無く『替星』という特殊な状態も合わせると、もっと数が増えるのです。

つまり、簡単にすればするほど、人々に広まりやすくなりますが、整合性が取れにくくなってくるのです。

【伝統風水師の独り言】
216種などと言っていますが、私は建物の数だけ『種類』が存在していると思っています。
近隣の山、川、平地、それぞれの形や目的物の距離まで、ありとあらゆる条件が違うのですから、この世に同じ建物は存在しない。
また、伝統風水では、建物が建てられた時期まで関係があると考えますので、全く同じ建物を再現する事も不可能なのです。
更に付け加えると、住む人の宿命と運(時間概念)も、全て違うので、建物が人に与える影響は、千差万別であると考えます。

『目に見えやすい』という工夫をした事も、家相家の優れた点と言えるかもしれません。

・玄関には〇〇色の△△
・盛り塩で清めると吉
・トイレには〇〇で金運アップ

など、わかりやすく、目に見える…しかも簡単。

また、その方が鑑定師としては、儲かりやすいんですよね。

【伝統風水師の独り言】
私自身が、今までに風水に費やした勉強時間は?と聞かれても、わからない位に費やしています。
学ぶ為に投資した費用は?と聞かれても、現時点ですでにわからない…。
風水師になった時点でも、200万円~300万円は投資していたと記憶しています。

その点、伝統風水は『秘匿性』が高く、多くの人に広める事を嫌ってきました。

その上に、難しく習得するのも困難であるとなったら、広がるものも広がりませんよね。

実践的な違い

伝統風水は、地相、家相、運(時間概念)の三つの要素から、実践鑑定をします。

【地相】
周辺の地形から影響を受けていると考えられている為、山の形、山までの距離、川の形、川までの距離、川と川の合流、周辺の建物の形、大きさ、道路の配置などを観察する。
それらの影響を吉凶に分けて考え、外溝を設計する。

【家相】
建物の向きや間取り、玄関の位置等から吉凶を割り出す。

【運(時間概念)】
個々の建物は、それぞれ運の流れを持っている。
凶意がいつ表れやすく、吉意がいつ表れやすいのか確認する。
また、住む人との運の関係もあるので、家族構成によって間取りの使用用途を決める。


江戸時代の家相家 松浦琴鶴先生は一応三元九運を使っていますが、正しい使い方ではありませんでした。
逆にいうと、だから家相の中で、建物の運を使わなくなったのかも知れませんね。

また、西岡玉全先生は、伝統的な地理風水を日本に取り入れた事で知られていますが、現在の日本家相にそれらの概念をほとんど取り入れていないと思います。

つまり、現在の日本家相では『地相』『運』を除いた『家相』のみが使われている事が多いですよね。

鬼門に対する概念

伝統風水では、『鬼門=北東』『裏鬼門=南西』という概念を、全く使用しません。

全ての建物に対して、吉凶の方位を一律に定める事が無いのです。
ましてや延々と同じ方位が凶となる…そんな風水は存在しません。

個の建物に対して、〇〇がある限りは、ずっと凶というのはありますが…。
その〇〇を取り除く事が出来たり、自然の風化によって〇〇では無くなった時に、その凶効果は無くなります。

至極、当然の事だと言えるのです。

日本家相の『鬼門』『裏鬼門』の概念は、延々と続くものであり、どの建物や土地に対しても凶であるという考えです。

その理由を確認する為に、鬼門の歴史を遡ると諸説出てきます。

また、その諸説を確認すると、『鬼門=水回りが凶』という事に、疑問を持たざるを得ないでしょう。

諸説① 山海経(せんがいきょう)

中国古典で、紀元前3世紀~紀元前4世紀ごろに書かれたとされるが、付加執筆されて完成された世界最古の地理書とされています。

しかし、現代では『奇書』として扱われる事が多い。

この山海経の中の一節が、鬼門の語源では無いかと言われています。

『東海中有度朔山、上有大桃樹、蟠屈三千里、其卑枝門日東北鬼門、萬鬼出入也。』

東北を鬼門と言い、萬の鬼が出入りするなり。

ですが、今回『山海経』に目を通してみたのですが、この一節は見つかりませんでした。

山海経。鬼門の起源とされるが、国立図書館の山海経に目を通したが鬼門の一節は無かった。

諸説② 封神演義(ほうしんえんぎ)

中国明代(1368年から1644年)の神怪小説。大衆の宗教文化や民間信仰に大きな影響を与えたとされている。

この封神演義も『鬼門』の起源になっているのでは?

と言われているが、鬼門を出入りする鬼という一節からだとされているが、信憑性は極めて低い。

諸説③ 陰陽道

陰陽道の中でも、鬼門裏鬼門の概念が存在します。

ですが、万事に忌む方位とされているだけで、なぜ鬼門を凶とするのか?という事は残っていないようです。

一説として、北と西は『陰』とされ、南と東は『陽』とされる。
そう考えると、陰陽の境目となるので、陰陽の気が安定しない為、鬼門を嫌うと言われている。

諸説④ 日本列島の地形

日本列島の地形が北東から南西に伸び、南西(裏鬼門)からは、台風などの災害、北東(鬼門)からは疫病がやってくるから。

と諸説あるが、どれも決定的なものは存在しない。

例えば、諸説④の日本列島の地形。

台風などは、確かに南西からやってくる事が多いが、台風が被害を与えるかどうか?というのは、日本列島で見るよりも、もっと小さなエリアで見た方が良いだろう。

実際に、伊勢の神宮(伊勢神宮)は、風水的な好立地に鎮座しているが、伊勢湾台風の時でも、ほとんど被害を受けていない。

これらの理由によって、伝統風水では『鬼門』『裏鬼門』の概念を一切使わないのである。

方位盤(羅盤)の違い

これも有名な話ですが、伝統風水と日本家相では、使用する方位盤が違います。

では、何が違うのか?
という事をご説明します。

日本家相の方位盤

気学入門 昭和四年五月十日印刷 田中胎東著

日本家相の方位盤は、一般的に八方位の盤を利用します。
厳密にいうと二十四方位も利用するようですが、多くの家相家が八方位を利用しているのが現状ですね。

ここで、もう一つ、話がややこしくなるのが、日本家相の中でも『家相』と『気学』に分けられるという事。

『家相』45度区分
『気学』30度/60度区分

となります。

伝統風水の方位盤(羅盤)

伝統風水で主に使用される方位盤の種類は

  • 地盤二十四座山
  • 天盤二十四座山
  • 人盤二十四座山
  • 七十二龍
  • 六十龍
  • 百二十分金
  • 八卦
  • 六十四卦
  • 双山五行

などなど。

その技法や目的によって、様々な盤を利用しますが、最もよく使われるのは『地盤二十四座山』。

張りや欠けに対する考え

日本家相も伝統風水も、鑑定の時に大切になるのが『中心』。

伝統風水は単純で、床面積の重心が取れる場所を中心と考えます。

一方、日本家相の場合は『張り』と『欠け』の概念があり、重心からズレた場所を中心と考えます。

まとめ

風水師は風水を正しいとする…そういう見方もあるかも知れませんが、私が勉強を始めた最初の頃、風水も家相もわかっていませんでした。

当初から『正しい』という事を追いかけ、『正しい』というのは『効果がある』という事。

効果があれば、風水でも、家相でも、何でも良かったんです。

というのも、私自身が『最低』な状態で、効果が無いものを勉強する訳にはいかなかった…。

本当にそれだけの理由で、現在に至ります。

何が正しく本当に効果があるのか?
皆さんの目で確かめて頂きたいと思っています。